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10月18日

父の会社の慰安行事に参加した。高山まで飛騨牛を食べに行ったのだ。
すごくおいしかった。この慰安旅行は毎年参加しているのだけど、いろいろコースが選べる中で毎年肉を食べるコースを選んでいる。去年は近江牛、一昨年は松阪牛! 肉は食べると元気になるのでいい。このごろ全く心が健康ということではなかったし、とてもいい機会だったと思う。
高山の古い町並みを散策して、川べりを歩いたり散歩中のボーダーコリーをなでたり鳩を追いかけたりした。うさぎ舎といううさぎをモチーフにした小物がたくさん売っている店があって、右を見ても左を見てもうさぎグッズだらけで驚いた。

次にお座敷列車に乗った。郡上八幡から美濃市まで。正直あまり特筆するようなことはなかったのだけど、長良川鉄道の駅はみんな木造で可愛らしい建物だと思う(本当に全部木造なのかは知らない)。案内をしてくれるお姉さんが「いまの駅にアニメの顔ハメパネルがありましたが、あれはのうりんというアニメのものなんですよ」と言っていて、こんなことまで勉強しないといけないのか! と思った。地元が舞台になると深夜アニメに詳しくならないといけないんだな…。

合間合間はバスで移動したが、その間に黙々と「麦ふみクーツェ」を読んでいた。昨日は2時間ほどしか眠っていないので少し眠ったほうがよかったのかもしれないけど、面白くてどんどん読み進めていった。いしいしんじの本はこれで3冊目になるのだけど、いつも最後にそれまで途中でたくさんばらまいていた伏線を綺麗にまとめる素敵なオチが待っている(単に読書量が少ないからこんなこといま気付いたみたいに書いてるけど、ひょっとしたら普通の本はそうなのかな)。それだからそのオチを知った上でもう一度読みたくなる魅力がある。
それから、これまで自分は長編小説は苦手で短編小説しか読めないと思っていたのだけど、「ポーの話」も「麦ふみクーツェ」も500ページぐらいある本で、なんだ、長編読めるじゃん! ということに気付いた。これは「ハーモニー」や「虐殺器官」を読んでいるときに気付くべきだった。やったあ、本が読める! 長編の本が読めるぞ!
とはいえ最初に短編の「トリツカレ男」を貸してもらったのはいい采配だったように思う。短編でさくっと読んで文体や話の流れが好きだと思ってから長編に進めたのはやはり取り付きやすさが違う。本当はその貸してくれる後輩が一番気に入っているらしい「プラネタリウムのふたご」を貸してもらうつもりだったのだけど、それは別の後輩に貸出中だった。そのため次に好きな本を、ということでこうして貸してもらっているが、これが功を奏したみたいだ。
というわけで次は「プラネタリウムのふたご」を読む予定。

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10月17日

これは寝る前なので昨日の話になってしまうが日記を書いてしまってからなので今日の日記に書く。
『タクシードライバー』を観た。本当に映画に疎いので全然知らなかったのだけど有名な映画らしい。オタクなので生身の人間にあまり知識も関心もなく申し訳ない。
仄暗い印象を感じたので深夜に見ることにした。3時前に見始めたので見終わるころには5時近くになっていて、父が起きだして朝食を食べている頃だった。しかし間違いなくこの時間に見て正解だった。無力感や誰からも肯定されない気持ち、なにかを盲信してしまう狂気などといったこの映画の持っているいろんな感情を一番増幅させられるのがこの時間なんだと思った。終盤の展開は本当に壮絶だったなあ。それとBGMのサックスが雰囲気に合っていてすごくよかった。とてもいい映画だった。

起きてからは部屋の掃除をした。
とはいえいつも通りものを片付けて掃除機をかけたぐらいなのだけど。そうだ、扇風機も片付けた。それから夏の服で着なかったものを処分した。数種類の服のローテーションで満足してしまうのでどんどん服がなくなる。それでボロボロになるまで着続けるのでしまいには「捨てろ!」と言われる。捨てたら着る服がなくなる!
かといって新しく買いに行くのも面倒臭いし、自分で似合うかどうかすらも全然わからないしそもそも自分の姿に興味がないので適当によさそうな服を見繕ってくれる奴隷がほしい。あとでお金出すから。

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10月16日

今日はホットケーキを焼いた。
ウワッ、ホットケーキ食べたい! となったのでホットケーキミックスを買いに行って早速作ることにした。ホットケーキを作るのはもう数年ぶりですっかり感覚を忘れてしまったので袋の説明を見つつ恐る恐る焼いてみる。見事に失敗。裏面に色がつくどころかうっすらとしか火が通っていないまま「でももう3分経ったし…」と無理矢理裏返そうとして崩れてしまう。多分フライパンの温まりが足りなかったのだと思う。仕方ないので適当に焼く。むしろ焼きすぎて炭にしなかっただけマシと食べると味はホットケーキだったのでよかった。食べ物を粗末にしない姿勢だ。見てくれはナンだけど。1枚焼いたことで十分フライパンが温まったらしく、2枚目以降はすいすいと焼ける。かなりうまく焼けたので満足している。
あとは適当にギターを弾いたりした。今日はそんな日。

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10月15日

図書館の本を返すために外出。一度定期券と家の鍵を忘れて取りに戻る。そのため返す本(2種類)を家に忘れていないか心配になりながら電車に乗った。延長する本は延長し、返す本は返してまた新しい本を借りる。そしてそのまま帰る。滞在時間10分もなかったんじゃないか。

帰りの電車で借りた本を読む。いしいしんじの「ポーの話」。電車を降りてからもそのまま読みながら家まで歩き、家についても手から離さず読み続けて読み終えた。5時間があっという間だった。
昨日「よい物語は登場人物になりきって読める」といったことを書いたが、それはつまり場の情景がありありと想像できるということが言いたかったんだと思う。「ポーの話」もそんな物語で、読んでいるだけで泥の感覚やぬるい鉱水の感じを思い浮かべて、まさにそんななかを潜っているような気持ちで読んでいた。乾いた土を掘るスコップや沼地を流れる川やだんだん泥の少なくなっていく水とか。そしてやっぱり深く感情移入をして少し泣いた。とても読み応えのある本だった。返す前にもう1周読みたいな。自分はこういう物語小説が本当に好きなんだと思う。
同時に「麦ふみクーツェ」も借りた。こちらもとても楽しみ。

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10月14日

いしいしんじの「トリツカレ男」を読んだ。
結論から言えばボロッボロに泣いた。よい物語は自然と登場人物に感情移入(なりきって、のほうが正しいかもしれない)してしまうものだと思っているので、その結果すごく笑顔で読むしすごく泣いて読むことになる。人のいない外で読んでいたのだけど、思いもよらず感情移入して序盤ではにこにこしながら読んでいたし、次第に涙がボロボロ出てきたのでさすがにそのまま読み続けるわけにはいかなくなった。家に帰って読み切って、よい小説だった…、と余韻に浸っている。
よい物語には敬意を払ってお金を払うべきだと思うのでちゃんと買い直そうと思う。pixiv上で読んでよいと思ったフォローしている人の小説も買ったし、見ているときに本気で泣いたアニメのDVDもちゃんと買っている。お金はよいと思った人・もの・ことにどんどん使うべきだというのが信条だ。もちろんお金に余裕があるときの話だし、ないときに無理をしてはいけない。この本は返して(借り物なので)からしばらく経ってまた読みたくなるはずだからそのときに買う。余裕は作る。

今日は反省しないといけないことや努力していかないといけないことを再確認した1日だった。
物語に感情移入してボロボロ泣くのに人の気持ちはわからないの、本当に人間として劣っていると思う。感受性は高いのに共感性は低い。少しずつ頑張ってはいるけれど、これからも頑張る。

それとレンタル落ちのCDを持って薬局やそういった盗難防止バーのある店を出入りするとたまにブザーが鳴ることを知った。どうやらICチップの入ったバーコードシールに反応したらしい。その前にうろうろしていたHMVでは反応しなかったので、CDを扱う店なら大丈夫だけど薬局のような他業種だとロックが外せていないのかもしれない。よくわからないので適当なことを言っている。あのシールは「ドライヤーをかけて温めてから剥がすと綺麗に剥がれる」と、盛大にブザーを鳴らせてしまった薬局の人(とても謝られた)に教えてもらった。みんなも気をつけよう。

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