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1月16日

「ひきだしにテラリウム」と「ダンジョン飯」の1巻を買ってきた。有言実行だ。やればできる。すごい。昔から「お前は普段なにもしないくせに好きなことだけはちゃんとやるよな」という褒め言葉を受けてきた子供だ。働いているところのテナントに入っている本屋で買おうかとしていたけど案の定置いていなかった。(「あの、すみません、本を…」「はいなんでしょう」「あの昨日出たっていうダンジョン飯っていう…」「バンド飯ですか?」「いえ、あの、ダンジョン飯…」)とりあえず他の知っている本屋に在庫がないか電話をかけまくる。普段電話なんて全然かけられないのに好きなことになるとこれだ。駅の本屋は売り切れで取り寄せに1週間かかると言われたので諦め、家の近くにある本屋(アルバイトの応募に行ってクレペリン検査に落とされた本屋だ)に電話をかけたところ「ありますよ」とのことだった。早速取り置いてもらい帰りに寄ることにした。本屋(自分はクレペリン検査で落とされたのに小中のころのクラスメイトが何人もアルバイトとして働いていた本屋だ)に着いて、新刊の棚を見てみるとまだ何冊か積んであった。すごいぞ本屋(1階のレジにも2階のレジにも顔を見たことがある人間が立っていて会計しようにもどうしたもんかと悩んだ挙句音楽雑誌を1時間以上立ち読みし続けたことのある本屋だ)! こうして棚をしっかり見てみると、想像以上にたくさん新刊がある。こんな量の本が毎月毎月出てるのか…すごいな…。いくつかTLを流れてくるタイトルの本も見つけた。また本屋に来ることがあったらそのへんも読んでみたいな。まずは取り置きしてもらった「ダンジョン飯」を確保し、それから「ひきだしにテラリウム」も発見。無事に手に入れることができた。「ダンジョン飯」は連載が開始したころに試し読みで1話の冒頭だけ読んだことがあり、その時点でなんだか面白そうだな、と思った覚えはある。ただ基本的に漫画は単行本でしか読まない(そもそも最近はそんなに漫画自体読んでいない)のでそのままだったのだ。それでこんないいタイミングで単行本が発売とあれば買いに行くしかあるまい。

やはりこのフィクションとリアルの自然な混ざり具合がいい。ドラクエやらFFやらで育って、そのつど「この人たちずっと同じ服だけど洗濯とかどうしてるんだろう…」とか「ポケモンの世界の人間はタンパク質をなにから摂ってるんだろう…ポケモン食ってんのかな…」と考えながらプレイしていたので、そういう舞台裏を見ているような感じがする。自分が本当に好きなゲームにマジカルバケーションというものがあるのだけど、その攻略本にモンスターの身長や体重、解説がずらっと載っている図鑑のようなページ(しかもHPや落とすアイテムなどが書かれたモンスターのパラメータデータ集とはまた別)があり、そういうページを読みながら幼少期を過ごしていた時期があった。で、その解説のところに「羽が美しくコレクターの間では高値で取引されている」「巨大なハサミが美味」「全身から胞子を振りまくので『食べ物にカビが生える』と主婦たちから嫌われている」などとあって、ゲームの中の人々にも生活があるんだなあと感じられてすごく好きな攻略本だったのだ。「必要だからとりあえず配置されている」のではなく、「そこにちゃんと世界があって、暮らしている人々がいる」という空気。だから本当にそういうの好きなんだよ…。

モンスターとはいえ生き物なわけで、生き物ってことは食べられる。それをごく普通に料理漫画のように調理しているのが面白い。材料がちょっと変な形をしているだけでやっていることは普通の料理。しかも結構おいしそう。あとマルシルさんがいいツッコミ役でかわいい(いま読み返しているけど「足りていない物がわかるか」「常識」という掛け合いもいい)。「血抜き中」の天丼もいい。次に「ひきだしにテラリウム」、軽快に読み進め、ストーン! ストーン! と落としていく感じ、これだよこれこれ、こういうショートショート! と言った。話ごとに絵柄が違うところもいい。「こんな山奥に」が一番好きな話。ネタバレになってしまうから書けないけどホントこういうネタがあちこちに散りばめてあるのサイコーだよね…。読み終えてウワーーッて言ったのでみんなもウワーーッて言ってほしい。そんな本でした。

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1月15日

用があったので出かける。用事のために出かけたのに肝心の用はあまりこなせなかった。基本的に作業は衆人の目がないとすぐ他事をして遊んでしまうため、ある程度の緊張感があったほうが効率がよく進む。でも今回の作業は正直周りに人がいるとやりにくいものだったので結局持って帰ってきた。生死観についてどうこう書かなければいけないが、そんなこと人の目の前で書くなんて普通に恥ずかしい。

なんやかんやあって時間を持て余したので一人暮らしをしている後輩の家に押しかけてアルコールを飲んだ(迷惑な先輩だ!)。自分はあまりアルコールを飲むほうではないので、店に行ってまで飲むということもない。なんか高くつくイメージあるし。そういうわけでコンビニで適当に見繕って飲んだ。場所を貸してもらうのだから後輩には奢った(いい先輩だ!)。奢っても外で飲むより安くついた。いや探せばもっと安いところあるのかもしれないけど、自分のアルコール欲はそこまで探索費用を払うほどには深くないので…。くだらない話をして帰宅。結局3、4時間ぐらいいたのかな。楽しかった。またやりたい。今日も星は綺麗だった。結構位置が変わっていて、冬のダイヤモンドが頭上に来ていた。見上げると首が痛い。こっている。

後輩(また別の子だ)と本とCDの貸し合いをした。九井諒子「竜の学校は山の上」「竜のかわいい七つの子」、いしいしんじ「四とそれ以上の国」、三崎亜記「鼓笛隊の襲来」の4冊を貸してもらった。九井諒子の本はこないだ「おすすめの1巻読み切りの漫画を教えてください」とpostしたものに対し、持ってますよ、と貸してもらったのだ。ちょうどその前に更新したほしい物リストに「ダンジョン飯」と「ひきだしにテラリウム」を入れていたのでかなりタイミングがよかった。ありがとう。こちらは米津玄師だけを貸すはずだったのがナノウやらハチやら持ってきて結局9枚持って出かけた。いつもCDやらなんやらを貸すときはCD屋の袋に入れて渡すようにしているが、さすがに9枚ともなると入る袋がなかったためトートバッグに入れて渡した。やっぱり根がオタクなのでなにか人にものを勧めるのが好きで、勧めるっていうかなんだろう、「この『好き』を共有してほしい」という気持ちがある。これまでひとりでよいものを「よい…」と言っていた分、誰かと「いいよね…」と言い合えることが本当にうれしいのだ。それが次第に「あれが好きならこれも好きだろう」となりどんどん鞄を膨らませていく。こういうのいい加減にしないといけないと思うんだけどやめられない。ほどほどがわからない。だって全部いいし…いいものは知ってもらいたいし…いいもののことを勧めてなにが悪いんだよ…。という思考が進んだ結果かつて痛い目を見たので、好きそうな人に好きそうなものを貸すようにきちんと考えてから渡すようにはなった。押し付けはよくない。いらなかったらいらないと言ってくれれば反省するので…。逆にこれを聴きたいと言われればいくらでも喜んで持って行くし。ちゃんとけじめをつけるべきなんだ…。

さて、とりあえず「竜の学校は山の上」と「竜のかわいい七つの子」を読んだ。とてもよかった。泣いてしまった。最近本当にすぐ涙が出てくるので外で読むのを我慢したのは英断だった。本当にこういうの好きなんだよ。好みドストライクなんだよ! こういう普通の世界なのにひとつフィクションが混じっている物語が大好きなんだ! 大きい嘘を建ててその周りを細かい真実で補強していく物語、なにか非現実をブチ込んでそれをリアルで埋め立てていく物語は本当にいい。サイコー。あまりにサイコーなので同じことを言葉を変えて3回言った。絵も飾りっ気がないのにすごく綺麗だ。いろんな話に出てくる竜(西洋竜も東洋竜も)も架空の生き物のはずなのに本当にいそうな感じがする。そういうわけなので「現代神話」や表題作である「竜の学校は山の上」が特に好きだと思った。「竜のかわいい七つの子」では「狼は嘘をつかない」がよかった。それから次に好きなのはドラクエ的な中世の世界観なんだけどそういうのあるじゃん! どっちの! 本にも! そういう話!! サイコー!! もう本当によかった。すごくよかった。これ書いている間にどんどんテンションが上がってきている。本当にありがとう! 前述のとおり彼女の本はいくつかほしい物リストに入れていたのだけど、それをいま外してきた。「ほしい物です、買ってください」じゃない、自分がいま買う! 送られるのを待っているような作品じゃない! 買う! 明日本屋で買う!(アマゾンで買おうとしたけど「ダンジョン飯」は一時的に入荷待ち、「ひきだしにテラリウム」は配達に2〜3週間かかるとあったため) 岐阜の本屋にあるかはちょっと不安だけどなんなら何店か回る覚悟はあるぞ!

残りの本も早く読みたいけど今日はもう寝る。また4時だ!

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1月14日

わからないことをその場で聞き返すという作業、最近やっと身についてきたみたいでよかった。一度聞いただけでは絶対になにかしらやらかすのでその場で復唱してわからないところを聞き返す。聞いたら答えてもらえると学んだので安心して聞ける。というより、そういった点で散々やらかしてきたので周りの人たちから「あとからまたやり直させるよりいまちゃんと確認させておいたほうが楽だな」という認知をされるようになった、と言ったほうが正しいかもしれない。そういうわけで今朝寝起きに「鍋に親子丼の具だけあるから沸かして卵2個入れなさい」と言われたことに対し、寝ぼけ頭でも「卵を、2個、だしが沸いてから入れる?」と聞き返すことができた。成長だ。頭の出来が悪い分、人より頑張らないといけない。頑張ってやっと人並みなのだ。親子丼はおいしかった。

まだまだみかんの箱売りを買うお客さんがいる。商品の性質上(みかんが腐りやすいということをそれっぽく言いました)、中が傷んでないか確認する必要があるんだけど、もうこの時期はどの箱を開けても草餅みたいに真緑になったみかんがもうもうとカビの胞子煙をあげながら鎮座している。1箱に2、3個カビきったみかんがあることはザラで、そういう箱は開けた途端に煙が立つ。そうなるともうどうしようもないので新しいものと取り替える必要があるんだけど、今日はそういう作業に追われていた。勘弁してほしい。

好きな歌を聴いていたら「念仏みたいな歌」と言われて激昂して強い言葉を使ってしまった。「それは言いすぎだ」と言われ、確かにそうだ、と反省していたら涙が出てきた。またやってしまった。相手は馬鹿にするつもりで言ったわけじゃないし、ただ思ったことを口にしただけなのだろうけど、それをド直球に受け取って本気で言い返してしまった。これは昔からそうで、好きなものを馬鹿にされたと思うとすぐ感情的になってしまう。そして「人が心から好きだと思っているものに対してなんでそんなことが言えるんだ」と思い悲しくなって涙が出る。でも相手はけなすつもりで言ったわけじゃないからなんで自分がこんなに感情的になるのかわからないだろうし、結果的に不愉快な気分にしてしまう。自分が我慢できればなにも起きずに済んだところがお互いに不幸になる。

これはおそらく、自分自身に確固たるアイデンティティがないため、自分の好きなものを継ぎ接いで自己を形成していることが原因にあると思われる。だから自身のことを馬鹿にされてもなんにも思わないかわりに、自分が好きなものを馬鹿にされると自身が馬鹿にされたように受け取って怒りを感じてしまうのだろう。基本的に「自分にはなにもない、周りより劣っている」と思っているから、自身のことを馬鹿にされてもそりゃ当然だとなる。でもそれが好きな/尊敬している/敬愛している/慕っているものに対してのそしりになると、どうしてこんなに素晴らしいものに対してそんなことが言えるんだ、と思ってしまう。それが敏感すぎるせいで別に中傷のつもりのない、ただのささいな茶化しや他愛のない感想すらも悪意だと変換してしまい、攻撃されている! と判断してしまうのだ。インターネットの言葉を使えば、好きなものに対しての煽り耐性がない。本当に子供みたいだ。いい歳してこんなことで怒ったり泣いたりするの情けない。

まるで宗教かなにかみたいだと思う。なのでものを褒めるときに「神だ」という表現を使うことを易々とからかったり、「○○信者」と言い捨てることができない。自分も同じような思考回路をしているのだ。自分は特定の宗教を信仰しているわけではないけれど、好きなものに執心しているときの心酔具合は正直言って宗教のそれに近いのだろうと感じている。いまニュースでは宗教に絡んだそういう感じの話題が盛りだけれど、それの極々小規模なことが起きかねない。

また、「嫌いな人間に対しては好きなもののことを伏せる」という話もこういうことに絡んでくると思う。相手の好きなものを中傷すれば相手を攻撃することができる。そうなると好きなものとは弱みであり、それを知らせないということは相手に弱みを握らせないことにつながる。そうなっていくとどんどんコミュニティが内へ内へと潜っていく。普通の場合なら軽く流せるところを真に受け取るような人間がコミュニティを内輪にしていくんじゃないだろうか。グッと我慢できないからこういうことになるんだ。内省すべきだ。

同じように好きになれ、信仰しろと強く押し薦めることはもうしないけれど(かつてそういうことをして大失敗したことがあるので)、目の前であるものを好きだと言っている人間に対してそれを馬鹿にするようなことを平気で言える精神性はやはり疑ってしまう。でも自分も人に対して同じことをしているんじゃないかと思いはじめるともうなにも喋らないほうがいいのかもしれないな。かといってそうなるとまたコミュニケーション障害者に戻ってしまう。せっかく最近リハビリの成果が出てきたのに。でもまずは少なくとも「多少の揶揄に対して本気で捉えない」ということを頑張ったほうがいいな。頑張ります。この話終わり。

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1月13日

久しぶりに荷物の多いかばんを背負ったので背中が痛い。体力がない。相変わらず肩がこっている。こないたTLで見た肩こりに効くストレッチ、確かに効いたんだけど肩甲骨周りの筋肉がしっかり筋肉痛になった。でも肩が軽くなることには変えられないんだよなあ。日記を書き終えたらやろう。腹筋もやろう。腹筋はなんとなくやろうかなと思ったのでやってる。うっすら腹筋があるのがかっこよさそうだったからやる。どうせストレッチもするなら腹筋もやったっていい。そしてまた筋肉痛になるんだろうなあ。いややるよ、やるって。

火曜日の会合、もうリハビリテーションと言わなくてもいいぐらいちゃんと話ができるようになってきた気がする! 成長してる! 主にインターネットは広いようで狭いね、という話をしたよ。事実は小説よりも奇なりというか、偶然に偶然が重なる体験ってあるんだな。思えば前から話に花が咲くときはインターネットのことばっかり話している気がする。似たようなインターネットを泳いでいると話が盛り上がるのかもしれないね。おすすめの漫画を貸してもらう約束をした。代わりにこちらは米津玄師の新しいCD(画集版!)を貸す。嗜好が似ているとこういったものの貸し借りを通じて新しくよいものを知ることができるのでいい。感性に信頼を置ける人がいるということはとても恵まれたことだと思う。そうそう、今日米津玄師の「Flowerwall」が届いた。アマゾンなのにフラゲ日に届くなんて初めてだ。いつに増して歌詞が暗い! でもこの仄暗いのがいいんだよ…。

帰り道に空を見上げたら星がすごく綺麗で嬉しくなって上を見ながら帰った。家の周りは田舎なので周りに高い建物もなければそんなに明るくもないので星空を見るにはそんなに悪くない環境なのだ。明るい星が多いから冬の星空が一番好きだ。オリオン座の左膝(見上げたときには右下に当たる)にあるリゲルから左下に白く明るい星があるのだけどそれがおおいぬ座のシリウス(つまり北極星)で、そこから左上にいくとこいぬ座のプロキオンがある。そこから上に向かうと2つ並んだ明るい星があって、赤みがかった星がふたご座のポルックス(もうひとつはカストル)、そこからちょっとぐっと後ろを向くぐらい見上げるとぎょしゃ座のカペラがある。首を戻しながら右下におうし座のアルデバラン、そしてリゲルに戻ってくる。この6星が冬のダイヤモンドだ。オリオン座を起点に見つけられるから冬の星座を見るときはこれを見つけると位置関係がわかりやすくていい、と夏頃観にいったプラネタリウムのおじさんが言っていたんだ。ちなみに冬の大三角形はシリウス、プロキオンとオリオン座の右肩にあるベテルギウスで作るよ。このへんがパッと言えるとかっこいいと思ったので覚えている。それから東の空にひときわ明るく木星が見えるのも綺麗なのでみなさんも冬の空を見上げて星を見よう。オリオンをなぞったり、夜行便に乗る背中をついばむベテルギウスや真夜中の空を焼き焦がすシリウスやしっぽ振って夜に現れる汚れたアルデバランを見よう。

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1月12日

今日は1日作業をするために空けておいた日。空けておいたっていうか、明日必要になるから今日終わらせないとやばいんだよ! というわけで2つやらなければならない作業を終えた。1つ目は夕方ぐらいに終わらせられたんだけど、もうひとつはいままでかかった。4時前までかかった。かかったっていうか始めたのが22時前ぐらいだったからダラダラやって6時間ぐらいかかってたのか。これ絶対やる気になれば2時間ぐらいでスパッと終わらせられたよな、なんでできなかったかな。まあ過ぎたことは仕方ないのでいまは終わったことを喜ぼうじゃないか。

おいしいよって言われて買ったクッキーがおいしくてうれしい。チョコチップクッキーおいしい! 甘いクッキーはコーヒーと食べたいし、プレーンなクッキーは紅茶と食べたい。コーヒーはなにも入れずに飲めるようになったけど、紅茶はあえて砂糖もミルクも入れて飲む。ストレートティーやレモンティーよりはミルクティーのほうが好きだ。紅茶には角砂糖を3つ入れる。紅茶は甘いほうがおいしいよ。でも外で飲むときはストレートティーの無糖を買っているような気がする。外で甘い/ミルクの入った飲み物を飲むのが苦手だ。アッでも森永のムーンライトやマリーは断然牛乳で食べたい。あれは冷たい牛乳で食べるクッキーだ。チョイスはコーヒーだな。ハーベストは紅茶かな。ウワアやばいクッキー食べたくなってきたぞ。4時にクッキーの話なんかするんじゃなかった!

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