1月11日
2015.01.12 Monday 05:14 | 日記
今日は鏡開きの日だったのでゆであずきがよく売れた。ぜんざいだかおしるこにするのかな。いいね。普段は業務連絡以外ではほとんど口を開かないのだけど(話をふられることがないので)、上の人間との話の流れで「岡本倫ってことはエルフェンリートですか?」と言った。よりにもよってこんな発言かよ。これツイッターで検索したら上の人間のアカウント引っ掛けられるんじゃないかって思って検索したけど出なかったよ。命拾いしたな。
インターネットに棲みつきはじめたのはもう13年ぐらい前になると思うんだけど、そんなころはもちろんだし、高校生になるぐらいまで棲んでいたインターネットでは自分が一番年下だという認識があった。そんな気持ちのままインターネットをしているので「今日成人式だ」とか年齢がわかるようなpostが流れてきて、アレッ自分より年下の人間がインターネットにいる! と驚いてしまう。いやいるというのは感覚的にわかっているのだけど、ずっと違うサーバー/部族/世界でのことだと思っていたから、なんだか実感がないのだ。もう2、3年前からどうにもインターネットには年下がいるぞ、ということはわかっていたのだけど、まだそんな気持ちを引きずっている。
傘を盗まれた。傘運がない人生を歩んでいるけど、あんまり傘は盗まれないな、徳を積んでいるからか、と思っていたが盗まれた。折りたたみ傘が使用2回目で骨が曲がったとか、骨こそ折れなかったが留め金がぶっ壊れてひもで束ねないと常に開こうとしてしまうとか、あまりに折りまくるから哀れんで買ってもらった骨の強い傘を電車に置き忘れるだとか傘不運系の武勇伝はいくらでもあるが、盗まれることはそんなになかったのに。傘の骨が折れたとか曲がったとかそういうことを報告しようとすると「またそうやって乱暴に扱うから」と言われるのがいやだったので傘の骨が折れたとか曲がったとか報告できない人間に育ってしまった。折りたくて折ってるわけじゃないし曲げたくて曲げてるわけじゃない! 普通に使っているだけなのにどんどんものが壊れていく。
インターネットに棲みつきはじめたのはもう13年ぐらい前になると思うんだけど、そんなころはもちろんだし、高校生になるぐらいまで棲んでいたインターネットでは自分が一番年下だという認識があった。そんな気持ちのままインターネットをしているので「今日成人式だ」とか年齢がわかるようなpostが流れてきて、アレッ自分より年下の人間がインターネットにいる! と驚いてしまう。いやいるというのは感覚的にわかっているのだけど、ずっと違うサーバー/部族/世界でのことだと思っていたから、なんだか実感がないのだ。もう2、3年前からどうにもインターネットには年下がいるぞ、ということはわかっていたのだけど、まだそんな気持ちを引きずっている。
傘を盗まれた。傘運がない人生を歩んでいるけど、あんまり傘は盗まれないな、徳を積んでいるからか、と思っていたが盗まれた。折りたたみ傘が使用2回目で骨が曲がったとか、骨こそ折れなかったが留め金がぶっ壊れてひもで束ねないと常に開こうとしてしまうとか、あまりに折りまくるから哀れんで買ってもらった骨の強い傘を電車に置き忘れるだとか傘不運系の武勇伝はいくらでもあるが、盗まれることはそんなになかったのに。傘の骨が折れたとか曲がったとかそういうことを報告しようとすると「またそうやって乱暴に扱うから」と言われるのがいやだったので傘の骨が折れたとか曲がったとか報告できない人間に育ってしまった。折りたくて折ってるわけじゃないし曲げたくて曲げてるわけじゃない! 普通に使っているだけなのにどんどんものが壊れていく。
PR
1月10日
2015.01.11 Sunday 03:50 | 日記
昨日後輩から借りたCDを聴いている。This Town Needs Guns「Animals」、Destroyalldreamers「Wish I Was All Flames」、Hammock「Kenotic」の3枚。音楽のジャンルのことを言い出すと夜中に鬼がやってくるのであんまり言わないようにしているんだけど、マスロックっていうの? なんかそういう感じのを貸してくれと頼んで持ってきてもらったCDで、案の定すんごいよかった。わかってんな〜。貸してくれるときに「夜中に聴くと死にたくなるのでいいです」みたいなこと言っていてサイコーだと思ったよ。
高野雀さんの「さよならガールフレンド」を読んだ。高野さんはツイッターでフォローしている人で、漫画が出ますとということなのですぐにアマゾンで予約したのだった。フォローしている人の創作物をまた買うことができた! うれしい! 普段ツイッターで楽しい気分になれるお返しができたような気分になれるのでフォローしている人の作った創作物は積極的に買っていきたいと思っている。高野さんの漫画は「低反発リビドー」を読んでいて(オンラインで読めるので)、すっきりした好きな絵柄だなあと思っていた。なにかしらの形でお金を落としたいと思っていたのだけどコミティアとかいうところは東京だし、岐阜の動物にはちょっと遠いのだ。そしてようやく買えた! 高野さんの漫画に出てくる登場人物はみんなそれなりに心にマイナスな感情を抱いているのだけど、それでも読んでいてドロドロした印象を受けないのがおもしろいと思う。愚痴とか不安とか人間関係のグチャグチャした感じが渦巻いているのに(自分はよくそういうのに当てられて具合が悪くなったりするのに!)、読み終えたときのスッキリとした気持ちがすごいのだ。「ギャラクシー邂逅」が好きです。
昨日が楽しかったので今日もわりと表情筋が動いた気がする。毎日なにかしら楽しいことがあるといいんだけど、今日は図書館から延滞した本の請求ハガキが届いていたので返しに行った。本当にすいませんでした。4時がやってくる、寝よう。
高野雀さんの「さよならガールフレンド」を読んだ。高野さんはツイッターでフォローしている人で、漫画が出ますとということなのですぐにアマゾンで予約したのだった。フォローしている人の創作物をまた買うことができた! うれしい! 普段ツイッターで楽しい気分になれるお返しができたような気分になれるのでフォローしている人の作った創作物は積極的に買っていきたいと思っている。高野さんの漫画は「低反発リビドー」を読んでいて(オンラインで読めるので)、すっきりした好きな絵柄だなあと思っていた。なにかしらの形でお金を落としたいと思っていたのだけどコミティアとかいうところは東京だし、岐阜の動物にはちょっと遠いのだ。そしてようやく買えた! 高野さんの漫画に出てくる登場人物はみんなそれなりに心にマイナスな感情を抱いているのだけど、それでも読んでいてドロドロした印象を受けないのがおもしろいと思う。愚痴とか不安とか人間関係のグチャグチャした感じが渦巻いているのに(自分はよくそういうのに当てられて具合が悪くなったりするのに!)、読み終えたときのスッキリとした気持ちがすごいのだ。「ギャラクシー邂逅」が好きです。
昨日が楽しかったので今日もわりと表情筋が動いた気がする。毎日なにかしら楽しいことがあるといいんだけど、今日は図書館から延滞した本の請求ハガキが届いていたので返しに行った。本当にすいませんでした。4時がやってくる、寝よう。
1月9日
2015.01.10 Saturday 02:52 | 日記
今日は夜にライブを観にいくので、それまで時間を潰そうとした結果、パフェを食べに行った。パフェ、食べたかったんだよ。もう去年の9月ぐらいから想像上のパフェの影を追っていたのだけど、ようやく食べられた。とてもおいしかった。ファミレスで1度食べたか。でもなんかコーンフレークでかさ増ししたようなやつではなく、中までしっかり身の詰まったパフェを食べたかったんだ。それで「名古屋 パフェ」で検索して出た店に行った。高さが30cmぐらいある大きいやつ。30cmって手で測ると結構短い感じするけど、食べ物で目にしてみると思ったより大きい。あとこれは前から思っていたんだけど、パフェに乗っているフルーツなどの具は絶対フォークで食べるより箸で食べたほうが崩れなくていいと思う。フォークで刺そうとすると生クリームに埋まるし、スプーンですくおうとするとクリームから離れた瞬間勢い余って滑り落ちてしまう。箸だよ。箸を使え。たまに外でサラダ食べたりするときもフォークで食べさせられるけど、あれも絶対箸で食べたほうがいいよ。レタスとか刺さんないじゃん。具はオレンジやベリー類で、主にチョコクリーム/アイスといちごのシャーベットみたいなもので構成されていた。アイスの中に埋まっているのでフルーツの表面が凍ってしゃりしゃりしていておいしかった。その店はほかにも何種類かパフェがあるみたいなのでまた行きたい。その後ビッグカメラの3FでなんかXBOXのバイクのゲームを触っていたら時間になったので移動。
今日のライブはすごく楽しいイベントだった。まあいつも行くライブ行くライブサイコーって言ってるけど、演奏はもちろん雰囲気もよかった。音楽を聴くと割と簡単に体が動くタイプなのだけど(単に落ち着きがないともいう)、いつにもまして楽しく動いていた。楽しいライブはにこにこできるのでいい。いろいろ事情があるにせよ、いい音楽はいいのだ。普段暗い曲ばっかり聴いているのでこういうところで楽しい曲を聴いてバランスをとる。今回も後輩のバンドはとてもよかった。どの曲もよかったけど、2曲目は初めて聴いたやつですごく好きな感じだった(どうせここを読んでいるだろうと思うのでこれはほぼ私信みたいなものです)。5曲目はやらないかと思っていたけどやったのでサイコーだと思った。サイコー! 対バンのバンドもよかった。とてもよかったのでCDを買ってしまった。話しかけられたので頑張って喋ったぞ! 普段のコミュニケーションのリハビリが功を奏している気がする! 話の流れで今月の19日に誕生日が来ます、と言ったらたくさんの人(自分は3人以上をたくさんと数える)におめでとうございますと言われてとても気分がよかった。他にも知り合いの知り合いぐらいの距離感の人とも頑張って喋ることができた。アルコールが入っていたとはいえ、これ本当にすごいと思うからもっと褒められてしかるべきだと思う。もっと褒めろ! なんか今日の日記よかったとしか言ってないな、でも本当にサイコーだった。今日はとてもいい日だった。いま気付いたけど今日パフェとクッキーしか食べてないぞ。妖精かよ。でももう歯を磨いてしまったので寝る。
今日のライブはすごく楽しいイベントだった。まあいつも行くライブ行くライブサイコーって言ってるけど、演奏はもちろん雰囲気もよかった。音楽を聴くと割と簡単に体が動くタイプなのだけど(単に落ち着きがないともいう)、いつにもまして楽しく動いていた。楽しいライブはにこにこできるのでいい。いろいろ事情があるにせよ、いい音楽はいいのだ。普段暗い曲ばっかり聴いているのでこういうところで楽しい曲を聴いてバランスをとる。今回も後輩のバンドはとてもよかった。どの曲もよかったけど、2曲目は初めて聴いたやつですごく好きな感じだった(どうせここを読んでいるだろうと思うのでこれはほぼ私信みたいなものです)。5曲目はやらないかと思っていたけどやったのでサイコーだと思った。サイコー! 対バンのバンドもよかった。とてもよかったのでCDを買ってしまった。話しかけられたので頑張って喋ったぞ! 普段のコミュニケーションのリハビリが功を奏している気がする! 話の流れで今月の19日に誕生日が来ます、と言ったらたくさんの人(自分は3人以上をたくさんと数える)におめでとうございますと言われてとても気分がよかった。他にも知り合いの知り合いぐらいの距離感の人とも頑張って喋ることができた。アルコールが入っていたとはいえ、これ本当にすごいと思うからもっと褒められてしかるべきだと思う。もっと褒めろ! なんか今日の日記よかったとしか言ってないな、でも本当にサイコーだった。今日はとてもいい日だった。いま気付いたけど今日パフェとクッキーしか食べてないぞ。妖精かよ。でももう歯を磨いてしまったので寝る。
×月×日
2015.01.09 Friday 16:21 | 小説
今日は久しぶりに魔法を使った。魔法と言っても大したものではない。2階の窓を外から拭きたかったのだ。久しぶりにといっても、普段の生活で魔法を使うときというのがせいぜい高いところの掃除をするときぐらいだから例年並みといった感じ。まあ便利といえば便利だけど、やっぱり疲れるし。固く絞った雑巾を宙に浮かせ、2階の窓まで持っていく。そのまま少し力を加えて窓をこする。今年は黄砂が多かったから特に汚れがひどかった。一旦下ろして洗面所に戻って洗って、また窓まで飛ばす。2度水拭きをしてから乾いた布で拭き直した。これだけすれば十分だと思う。疲れるけど、これのおかげで脚立を買わずに済んでいるのだから文句も言うまい。掃除をしている間に郵便が届いたので受け取る。きりがいいところだったので片付けをしてお茶にした。
魔法でできることは基本的に自分でできる範囲内だけに限られる。でも「あとちょっと」を叶えるぐらいならできる。コツさえ掴めば50m走のタイムを少しだけ縮めることだって可能だ。先生にステッキを没収されないように気をつける必要があるけれど。それ以上のことをしようとするなら、それなりに難しい呪文を覚えないといけなくなる。重いものを持ち上げれば重いものを持ち上げた分だけの疲労がたまるし、なにもないところになにかを生み出すなんてことはできない。魔法も流行りだした頃はそれなりに参考書も出版され、英会話スクールみたいな感覚で魔法スクールなんてのも駅前にできていた(それを見て僕は「これが本当の魔法学校か〜」なんて思っていた)。だけど魔法の力が万能ではなく、思っていたより便利なことはできないとわかってからはみんな魔法に対しての興味を失ってしまった。魔法を覚えるより機械のスイッチを入れるほうが楽だと気付いてしまったのだ。頑張って呪文を覚えて炎を起こせたっていまじゃライターがあれば済む話だし、分厚い参考書を読むより数ページの取扱説明書で済むほうがいいに決まってる。なにより魔法でほうきを動かすぐらいなら掃除機を動かしたほうがよっぽど効率がいい。お稽古程度での魔法はどうにも燃費が悪い。最終的に魔法のレッスンなんてものは通信講座のカタログの片隅にいる習いごとという位置に収まった。遅すぎたのだ。人類が魔法を使えるようになるのを待たずに、科学はどんどん進歩していった。毎日の郵便物を無人ドローンが運んできてくれるし、ニュースでは最新型のロボットがどうのなどと言っているような世の中でいまどき魔法なんて覚えたがるのは暇人か変わり者だ。「その燃費の悪さがいいんだよ」と言ったタカハシさんのように。
タカハシさんは僕の近所に住んでいたおじさん? おにいさん?(彼らは見た目では年齢がよくわかりにくいし、結局いくつなのか聞きそびれてしまった)で、茶色いふさふさのしっぽを生やしていた。背が高くて、いつも耳をぴんと立てているのでより高く見えた。僕は鍵っ子だったのでタカハシさんにはよく遊び相手になってもらった。彼はいろんな趣味に手を出す人だった。巷で流行になったから、読んでいた本の登場人物がやっていたから、飲み友達に勧められたから。理由はなんでもよかった。これをやるぞと決めたら必要な物をとにかく買い揃える。実物はもちろん入門書からウェア、整備工具にスペアまでなにからなにまで集めてしまう。そして元が器用なのかそこそこマスターしてしまうのだ。僕はタカハシさんが丸太(素材は氷や粘土の塊、大きなスイカのときもあった)から動物の像を彫り上げたりディアボロを高く飛ばしたりするところを見てきたし、目の前をツバメウオが泳いだときや山の頂上から撮ったという日の出の瞬間の写真などを見せてもらったことがある。ギターはもちろん南米あたりの民族楽器らしい笛をどこからか手に入れてきて吹いていたときもあった。ロッククライミングをするなどと言い出したときは慌てたけど、トレーニングのために始めたボルダリングの方が気に入ったらしくジムに通いつめていたっけ。そしてマスターするころにはまた別の新しい流行が来ている。そうなるとそれまで買い揃えた道具も本もなにもかもを車に積んで売り払いに行く。さすがに授業料やジム代は返ってこなかったけど、流行の波が去ったものでもそれなりの値段をつけてくれたらしい。それを元手にして、新しい関連書籍を積んで帰ってくるのだ。魔法もそのひとつだ。僕が知っている中でタカハシさんの最後の流行が魔法だった。だから呪文の本も樫でできたステッキも使い捨てのスクロールも売り払われることなくいまも僕の手元に残っている。
僕はそんな変わり者のタカハシさんが大好きだったので、学校が終わるとすぐにタカハシさんの家に向かった。学校でつるむような友達がいなかったっていうのもあるけど(もちろん家に帰っても誰もいなかった)、単純にタカハシさんが披露してくれる演奏や作品が楽しみだった。料理のブームが来ているときには毎日おいしいおやつが食べられたし、テスト前なんかは学校の勉強も見てくれた。なにより、タカハシさんが教えてくれるいろんな器具や楽器やおもちゃの使い方を聞くのが楽しかったからだ。たまにふらっと旅に出たときは帰ってくるのを待ちながら教えてもらったことの復習をする。帰ってきたらタカハシさんは僕に旅先での写真を見せながら思い出話を語り、僕は練習の成果を彼に見せた。僕ができるようになるとタカハシさんは自分のことのように喜んでくれた。でもたいていは僕が全部覚える前に新しい流行が来てしまう。だから僕はサックスでは簡単な数フレーズは吹けるけれど難しい曲は覚えていないから吹けないし、トランプマジックなら少しはできるけど、少しテクニックのいるコインマジックはできない。なにより僕はタカハシさんほど器用ではなかった。タカハシさんの教え方は上手だったと思うけど、当時の僕にはまだ少し難しかった。いくつかのことは大人になってから本を読んで勉強したうえで再挑戦してみたけど、やっぱりタカハシさんがやっていたみたいにうまくはできなかった。
タカハシさんはいろんな趣味に熱中してきたけど、魔法が一番長く続いていたような気がする。魔法が「自分でできることしかできない」ということは、「自分ができることならできる」ということだ。道具こそ売り払ってしまったけれど、これまでに熱中した流行りものから得た技術は彼の中に積み重ねられていた。ある春には散った桜の花びらを舞い上げたかと思ったら民家の塀に貼り付けて絵を描いた。またある冬にタカハシさんは僕に家中のお椀に水を溜めさせるとそれを魔法で凍らせ、削って音階を調節したものを宙に浮かせながらジムノペディを演奏してみせた。タカハシさんはまるで無数の腕を手に入れたかのように魔法を操った。最初こそ子供だましだと思っていた僕だったけど、気付くとタカハシさんが見せる魔法に夢中になって何度も何度もせがみ、そのたびに彼は快くもう一度同じ魔法を使ってくれた。僕も魔法を使えるようになりたいと言うと、高校生が着るには大げさなマントと帽子を縫って僕に着せては「これでお前も魔法使いの弟子だ」なんて言ったりして。僕は誰よりも早く校門を出てタカハシさんの家に通っては分厚い参考書の頭から呪文を暗記していった。そしてこれまでのように僕が呪文を1つ覚える間にタカハシさんは3つ覚えていき、僕に見せびらかすように披露した。悔しかったけど、彼の魔法は鮮やかだった。そしてある日、魔法のように忽然と消えてしまった。
タカハシさんが魔法にはまりだしたのが僕が高校生になったころだったから、いなくなったのは高校を卒業するぐらいだったのだと思う。僕はタカハシさんを慕っていたけれども、彼がいなくなったことに対してそんなにショックを受けてはいなかった。もちろん寂しくはなったけど、タカハシさんがふらっといなくなることはよくあることだったし、もしかしたら家を空けがちだった両親がタカハシさんに僕の面倒を見てもらうように頼んでいただけだったのかもしれない。僕が新しい生活に慣れはじめたころ、つまりタカハシさんが失踪して半年ぐらい経って、持ち主のいなくなった魔法道具たちをどうするかという話になった。当時もう魔法の参考書は古本屋で250円、下手したら100円払えば手に入るような代物ばかりだったので売ったところで小遣いにもならなかっただろう。というよりむしろいままでタカハシさんが以前の趣味に関する本や道具を売ってそれなりのお金にしてきたことが不思議なぐらいだった。まとめて捨ててしまおうか、というところを僕が申し出て譲ってもらった。あれからタカハシさんの姿を見たことはない。僕はひとり暮らしをはじめ(いままでも十分ひとり暮らしのような状態だったけれども)、日々の生活に追われるようになった。ひとり暮らしはそれなりに忙しいけれど暇であることも確かで、いろんな趣味をはじめたくなる気持ちが少しわかったような気がする。でも僕はタカハシさんほどいろんなものに興味を持つタイプではなかったから、譲り受けた魔法の本だけで十分暇を潰すことができた。たまにタカハシさんに会いたくなると、参考書やステッキを本棚から引っ張り出してきて新しい魔法の勉強をする。タカハシさんに会えるわけではないんだけど、彼がいたころのことを思い出せるから。実際に日常生活で魔法を使う機会は年に何回かでも、ものを覚えるということはなかなか楽しい。覚えた魔法の数は増えたけれど、やっぱりタカハシさんみたいにうまくはできないなあ、なんてひとりごちてみたりする。いま彼がどこでなにをしているのか、生きているのか死んでいるのかさえわからないけれど、僕はなんとなくあの人のことだから知らない街でまた新しい趣味に没頭しながら楽しく暮らしているんじゃないかと思っている。
知らない街といえば、今日届いた郵便物の中に見慣れない住所からの絵ハガキが入っていたのを思い出した。絵ハガキなんていまどき珍しい。それを確認したら今日はもう寝よう。ずいぶん夜更かしをしてしまった。明日も特に予定はないし、久しぶりに新しい魔法の勉強でもしようかな。
魔法でできることは基本的に自分でできる範囲内だけに限られる。でも「あとちょっと」を叶えるぐらいならできる。コツさえ掴めば50m走のタイムを少しだけ縮めることだって可能だ。先生にステッキを没収されないように気をつける必要があるけれど。それ以上のことをしようとするなら、それなりに難しい呪文を覚えないといけなくなる。重いものを持ち上げれば重いものを持ち上げた分だけの疲労がたまるし、なにもないところになにかを生み出すなんてことはできない。魔法も流行りだした頃はそれなりに参考書も出版され、英会話スクールみたいな感覚で魔法スクールなんてのも駅前にできていた(それを見て僕は「これが本当の魔法学校か〜」なんて思っていた)。だけど魔法の力が万能ではなく、思っていたより便利なことはできないとわかってからはみんな魔法に対しての興味を失ってしまった。魔法を覚えるより機械のスイッチを入れるほうが楽だと気付いてしまったのだ。頑張って呪文を覚えて炎を起こせたっていまじゃライターがあれば済む話だし、分厚い参考書を読むより数ページの取扱説明書で済むほうがいいに決まってる。なにより魔法でほうきを動かすぐらいなら掃除機を動かしたほうがよっぽど効率がいい。お稽古程度での魔法はどうにも燃費が悪い。最終的に魔法のレッスンなんてものは通信講座のカタログの片隅にいる習いごとという位置に収まった。遅すぎたのだ。人類が魔法を使えるようになるのを待たずに、科学はどんどん進歩していった。毎日の郵便物を無人ドローンが運んできてくれるし、ニュースでは最新型のロボットがどうのなどと言っているような世の中でいまどき魔法なんて覚えたがるのは暇人か変わり者だ。「その燃費の悪さがいいんだよ」と言ったタカハシさんのように。
タカハシさんは僕の近所に住んでいたおじさん? おにいさん?(彼らは見た目では年齢がよくわかりにくいし、結局いくつなのか聞きそびれてしまった)で、茶色いふさふさのしっぽを生やしていた。背が高くて、いつも耳をぴんと立てているのでより高く見えた。僕は鍵っ子だったのでタカハシさんにはよく遊び相手になってもらった。彼はいろんな趣味に手を出す人だった。巷で流行になったから、読んでいた本の登場人物がやっていたから、飲み友達に勧められたから。理由はなんでもよかった。これをやるぞと決めたら必要な物をとにかく買い揃える。実物はもちろん入門書からウェア、整備工具にスペアまでなにからなにまで集めてしまう。そして元が器用なのかそこそこマスターしてしまうのだ。僕はタカハシさんが丸太(素材は氷や粘土の塊、大きなスイカのときもあった)から動物の像を彫り上げたりディアボロを高く飛ばしたりするところを見てきたし、目の前をツバメウオが泳いだときや山の頂上から撮ったという日の出の瞬間の写真などを見せてもらったことがある。ギターはもちろん南米あたりの民族楽器らしい笛をどこからか手に入れてきて吹いていたときもあった。ロッククライミングをするなどと言い出したときは慌てたけど、トレーニングのために始めたボルダリングの方が気に入ったらしくジムに通いつめていたっけ。そしてマスターするころにはまた別の新しい流行が来ている。そうなるとそれまで買い揃えた道具も本もなにもかもを車に積んで売り払いに行く。さすがに授業料やジム代は返ってこなかったけど、流行の波が去ったものでもそれなりの値段をつけてくれたらしい。それを元手にして、新しい関連書籍を積んで帰ってくるのだ。魔法もそのひとつだ。僕が知っている中でタカハシさんの最後の流行が魔法だった。だから呪文の本も樫でできたステッキも使い捨てのスクロールも売り払われることなくいまも僕の手元に残っている。
僕はそんな変わり者のタカハシさんが大好きだったので、学校が終わるとすぐにタカハシさんの家に向かった。学校でつるむような友達がいなかったっていうのもあるけど(もちろん家に帰っても誰もいなかった)、単純にタカハシさんが披露してくれる演奏や作品が楽しみだった。料理のブームが来ているときには毎日おいしいおやつが食べられたし、テスト前なんかは学校の勉強も見てくれた。なにより、タカハシさんが教えてくれるいろんな器具や楽器やおもちゃの使い方を聞くのが楽しかったからだ。たまにふらっと旅に出たときは帰ってくるのを待ちながら教えてもらったことの復習をする。帰ってきたらタカハシさんは僕に旅先での写真を見せながら思い出話を語り、僕は練習の成果を彼に見せた。僕ができるようになるとタカハシさんは自分のことのように喜んでくれた。でもたいていは僕が全部覚える前に新しい流行が来てしまう。だから僕はサックスでは簡単な数フレーズは吹けるけれど難しい曲は覚えていないから吹けないし、トランプマジックなら少しはできるけど、少しテクニックのいるコインマジックはできない。なにより僕はタカハシさんほど器用ではなかった。タカハシさんの教え方は上手だったと思うけど、当時の僕にはまだ少し難しかった。いくつかのことは大人になってから本を読んで勉強したうえで再挑戦してみたけど、やっぱりタカハシさんがやっていたみたいにうまくはできなかった。
タカハシさんはいろんな趣味に熱中してきたけど、魔法が一番長く続いていたような気がする。魔法が「自分でできることしかできない」ということは、「自分ができることならできる」ということだ。道具こそ売り払ってしまったけれど、これまでに熱中した流行りものから得た技術は彼の中に積み重ねられていた。ある春には散った桜の花びらを舞い上げたかと思ったら民家の塀に貼り付けて絵を描いた。またある冬にタカハシさんは僕に家中のお椀に水を溜めさせるとそれを魔法で凍らせ、削って音階を調節したものを宙に浮かせながらジムノペディを演奏してみせた。タカハシさんはまるで無数の腕を手に入れたかのように魔法を操った。最初こそ子供だましだと思っていた僕だったけど、気付くとタカハシさんが見せる魔法に夢中になって何度も何度もせがみ、そのたびに彼は快くもう一度同じ魔法を使ってくれた。僕も魔法を使えるようになりたいと言うと、高校生が着るには大げさなマントと帽子を縫って僕に着せては「これでお前も魔法使いの弟子だ」なんて言ったりして。僕は誰よりも早く校門を出てタカハシさんの家に通っては分厚い参考書の頭から呪文を暗記していった。そしてこれまでのように僕が呪文を1つ覚える間にタカハシさんは3つ覚えていき、僕に見せびらかすように披露した。悔しかったけど、彼の魔法は鮮やかだった。そしてある日、魔法のように忽然と消えてしまった。
タカハシさんが魔法にはまりだしたのが僕が高校生になったころだったから、いなくなったのは高校を卒業するぐらいだったのだと思う。僕はタカハシさんを慕っていたけれども、彼がいなくなったことに対してそんなにショックを受けてはいなかった。もちろん寂しくはなったけど、タカハシさんがふらっといなくなることはよくあることだったし、もしかしたら家を空けがちだった両親がタカハシさんに僕の面倒を見てもらうように頼んでいただけだったのかもしれない。僕が新しい生活に慣れはじめたころ、つまりタカハシさんが失踪して半年ぐらい経って、持ち主のいなくなった魔法道具たちをどうするかという話になった。当時もう魔法の参考書は古本屋で250円、下手したら100円払えば手に入るような代物ばかりだったので売ったところで小遣いにもならなかっただろう。というよりむしろいままでタカハシさんが以前の趣味に関する本や道具を売ってそれなりのお金にしてきたことが不思議なぐらいだった。まとめて捨ててしまおうか、というところを僕が申し出て譲ってもらった。あれからタカハシさんの姿を見たことはない。僕はひとり暮らしをはじめ(いままでも十分ひとり暮らしのような状態だったけれども)、日々の生活に追われるようになった。ひとり暮らしはそれなりに忙しいけれど暇であることも確かで、いろんな趣味をはじめたくなる気持ちが少しわかったような気がする。でも僕はタカハシさんほどいろんなものに興味を持つタイプではなかったから、譲り受けた魔法の本だけで十分暇を潰すことができた。たまにタカハシさんに会いたくなると、参考書やステッキを本棚から引っ張り出してきて新しい魔法の勉強をする。タカハシさんに会えるわけではないんだけど、彼がいたころのことを思い出せるから。実際に日常生活で魔法を使う機会は年に何回かでも、ものを覚えるということはなかなか楽しい。覚えた魔法の数は増えたけれど、やっぱりタカハシさんみたいにうまくはできないなあ、なんてひとりごちてみたりする。いま彼がどこでなにをしているのか、生きているのか死んでいるのかさえわからないけれど、僕はなんとなくあの人のことだから知らない街でまた新しい趣味に没頭しながら楽しく暮らしているんじゃないかと思っている。
知らない街といえば、今日届いた郵便物の中に見慣れない住所からの絵ハガキが入っていたのを思い出した。絵ハガキなんていまどき珍しい。それを確認したら今日はもう寝よう。ずいぶん夜更かしをしてしまった。明日も特に予定はないし、久しぶりに新しい魔法の勉強でもしようかな。
1月8日
2015.01.09 Friday 04:31 | 日記
今日もいつもどおり野菜をなでたよ。野菜をなでるというよりかは事務作業をこなしていたほうが長かったかもしれない。おつとめ品のアボカドを与えられたので食べた。アボカド、皮といい可食部の色といい、いかにも木の実感あるのにあんまり木の実を食べてるって感じしない。味もなんだか木の実っぽい味なのに。帰ってきてきつねうどんを食べた。木曜日だからうどんの日なんだけど木曜日という実感がないから、「今日うどんだよ」と言われて、エッ今日なにかあったっけ、と思ってしまった。はやく曜日感覚を元に戻したい。
最近post数が目に見えて減っているような気がする。1日50postもない。人によっては50程度でも十分多いかもしれないけど、去年の下半期あたりでは1日のpost数が70〜100ぐらいだったのでその半分になってしまった。postするようなことをしていないということもあるかもしれないけど。かといってインターネットなしで呼吸ができるようになったわけではない。なんか文章もしっくりくる感じのものが書けなくなっている。なんというか、書いていて退屈な文章だ。スランプとかいうやつか。日記で? スランプ? なにバカなこと言ってんだはやく寝ろ。これ単に夜更かしで頭働いてないだけだ! 明日は後輩のライブを観にいく。
最近post数が目に見えて減っているような気がする。1日50postもない。人によっては50程度でも十分多いかもしれないけど、去年の下半期あたりでは1日のpost数が70〜100ぐらいだったのでその半分になってしまった。postするようなことをしていないということもあるかもしれないけど。かといってインターネットなしで呼吸ができるようになったわけではない。なんか文章もしっくりくる感じのものが書けなくなっている。なんというか、書いていて退屈な文章だ。スランプとかいうやつか。日記で? スランプ? なにバカなこと言ってんだはやく寝ろ。これ単に夜更かしで頭働いてないだけだ! 明日は後輩のライブを観にいく。
